現地レポート
【YCEプログラムとは】
世界196か国に会員がいる社会奉仕団体「ライオンズクラブ国際協会」が主催する15歳~22歳までのユースを対象した交換留学プログラムです。
前途有望なユースが選ばれ,ライオンズクラブのスポンサーにより招かれて外国を訪問し,一定期間ホームステイしながら異国の地域社会で研修を行います。
訪問先の人々とのマンツーマンの関係を通じて相互理解を深めることで新たな友愛が生れ国際感覚が養われ,親睦と協調の精神を培い,しいては世界平和に寄与することを目的としています。
【参加の経緯】
私は中学3年生の時に参加した,船橋ライオンズクラブ主催の弁論大会で優勝し,優勝の副賞として1か月のYCEプログラムへの参加権を得ました。派遣の時期と渡航先を希望することができたので,大学入学後にマレーシアとシンガポールでの研修に参加しました。
この2カ国を選んだ理由は,私の専攻が農学だったので,将来,農家の抱える問題点をひとつひとつ明らかにして解決していくことを研究テーマとしたいと考え,また農業国として有名なマレーシアであれば,農業経営者の家庭にホームステイしながら様々な農業の現状を視察できると思ったからです。
【プログラム内容】
1か月間(7/21~8/22)マレーシアとシンガポールに滞在し,ホームステイでお世話になったホストファミリーの奉仕活動に参加したり,現地のコミュニティを通じて農園や学校,施設などを訪問して見学や体験活動を通して,英語でのコミュニケーションと農業分野の現状を学びました。
【主なスケジュール】
7/21 | シンガポール | オリエンテーション |
7/22~7/29 | マレーシア:クチン | クチン料理専門学校(伝統文化体験) 中国人中学校訪問・英語能力向上プログラム |
7/30~8/5 | マレーシア:シブ (パーパー地区) |
ドラゴンフルーツ・ココナッツ農場見学 |
8/6~8/13 | マレーシア:コタキナパル (テノム地区) |
パーム・コーヒー農園見学 ワニ・ツバメ養殖見学 OISCA公益農業団体の見学と研修 英語学習キャンプ |
8/14~8/22 | シンガポール | 介護施設訪問とボランティア活動 中国人学校での英語学習 シンガポール植物園での植物観察 |
【クチン料理専門学校訪問】
マレーシア・クチンの料理専門学校では現地の学生たちと共に,伝統的なメニューを実際に料理して食べるという体験型の研修に参加しました。
マレーシアは多民族国家なので,伝統的な料理もさまざまです。例えば「バンブーチキン」という鶏肉料理は,マレーシアの原住民族の伝統料理でサフランやチリペッパーなどのスパイスを揉み込んだ鶏肉を竹の中に詰めて竹ごと炭焼きにしたものです。また,カラフルなチーズケーキは華僑の中国系民族の伝統料理で,パーティーなど特別な機会によく食べられるそうです。
この研修では,現地の学生との交流もあったので英語でのコミュニケーションを実践で磨く機会になりました。
また料理という実際の体験を通してマレーシアの伝統文化に触れることができたので,マレーシアという国そのものへの関心とこれからの研修への関心も高まるきっかけになりました。
マレーシアの伝統料理体験の様子
【農園見学】
マレーシアではトロピカルフルーツの栽培が非常に盛んで,ココナッツやマンゴー,ドリアン,ドラゴンフルーツなどが非常に安価でキロ売りされています。今回の研修では幸運なことにさまざまな農園を見学させてもらうことができたので,日本との栽培方法の違いやマレーシアが抱える農業の課題を発見することができました。
<ドラゴンフルーツ農園>
私は日本で参加した農業宿泊研修で岡山県内のドラゴンフルーツハウスの栽培を学んだ経験があったので,マレーシアでもドラゴンフルーツ露地栽培の様子を見学したいとホストファミリーにお願いしたところ快く紹介して訪問させていただくことができました。
ドラゴンフルーツは,日本の栽培方法では支柱に支えられたドラゴンフルーツの樹が一列にならび,黒いマルチシートと排水管で地面が覆われている風景が思い浮かびますが,マレーシアの栽培方法はいたってシンプルで,樹がそのまま1本植えされており,見た目がまさしくドラゴンのようでした。
中国語で「火龍果」といわれるこの果実の名前の由来が,緑茎が“龍の胴体”に似ているからということにも納得がいきます。
灌漑設備は特になく,大きな果実は太陽光をしっかり浴びて真っ赤に色づいていたのが印象に残りました。日本の果実比較すると比べものにならないくらい香りも糖度も高く,とても甘かったです。
龍のように茂るドラゴンフルーツ
続いて訪れたココナッツ農園ではちょうど収穫作業を見学できました。
収穫には主に長い棒を使っていました。以前は猿を調教して,収穫用に家畜として働かせていたそうですが,倫理的に問題があるとして国際的にココナッツ農家は非難されるようになったので,現在は棒を使って落としていく収穫方法に変わったのだそうです。しかし,この収穫方法では,重さ4キロの塊が地上数十メートル上から降ってくるため非常に危険を伴います。そのため以前は猿に収穫を任せていたのだそうです。
そして,何よりココナッツを欲し,消費しているのは日本やヨーロッパ,アメリカなどの先進国であり,その先進国が輸入先である原産地のココナッツ栽培に異義を唱えているのは道理に合わないと現地の生産者は感じているという事情を知って驚きました。
先進国の立場から考えるのであれば,人が危険な収穫作業にさらされていることのリスクを適切に分散できるよう,フェアトレードのごとく,先進国はより単価を上げて買い取り,先進国もリスクをしっかりと追わなければならないと感じました。
このようにトロピカルフルーツ農園では,今後の自分の研究に大きな課題が見えた見学となりました。
ココナッツ収穫の様子
<ヤシ農園>
日本では,お菓子やマーガリン,その他ほとんどの加工品に植物油脂が使われています。
そして植物油脂のほとんどはパーム油(ヤシ油)です。
コンビニの揚げ油にも安価なパーム油が使用されています。
日本ではヤシの木が育たないためパーム油は採取できず,すべての消費量を輸入に頼っており,
その中でも最大量の貿易国がマレーシアです。社会や地理で学習した知識と視点からホストファミリーが経営するヤシ農園を見学させていただきました。
そこには鬱蒼とした熱帯雨林の中にヤシの樹が一面に所狭しと広がっていました。
この農園では生産量の90%を日本に輸出しているそうです。
しかし,またしても,「ヤシの木のプランテーション農業は熱帯雨林破壊に他ならない」として
国際的に非難を受けているという生産者からの切実な声を聞くことになりました。
先進国の需要に応えるための産業にもかかわらず,先進国から非難されるという構図を痛感する見学となりました。
この農園ではたくさんの原住民族の方々を雇用しており,彼らにとっては重要な働き場所と収入源であるため,
たとえ非難されても簡単にはやめることはできず,計り知れない量のパーム油の需要に応えていくため,
これからも農地を増やしていかなければならない事情があるということも知りました。
国名 | パーム油 第二数量 |
金額(千円) |
マレーシア | 38381372 | 3049802 |
インドネシア | 23494909 | 1797186 |
シンガポール | 297794 | 45741 |
ヤシ農園での様子
<ドリアン農園>
この時期のまだドリアンは小さく手の平よりも小さく未熟な茶色で,一つの果梗にこの小さな数個のドリアンの実が結実していました。
「なぜドリアンが臭いのか?」
その理由は,エステル,アルコール,アルデヒドなどの揮発成分や硫黄化合物,特にプロパンチオール(C₃H₈S)が混ざり合って
あの匂いになっているそうです。
ドリアン
<コーヒー農園>
マレー語でコーヒーはKOPIと呼ばれ,さまざまな品種がテノム地域にて栽培されています。
私はコーヒー栽培の歴史館やコーヒー農園を見学しました。
訪問したのはYit Foh Coffee Factory Sdn Bhd,
テノムでは非常に有名な珈琲館を経営している企業です。
コーヒー栽培がテノムで始まったのは1960年からです。
豆の煎り方は伝統的な製法を継続しており,木を燃やした火でローストすると豆本来の香りが引き立つのだそうです。
挽きたてのコーヒーを試飲したところ,とても甘く,残念ながら私の口にはあいませんでした。
また,お土産で購入したコーヒーパックにはすべて砂糖が入っており,マレーシアの砂糖文化には驚かされました。
ちなみにお茶にも砂糖を入れて飲みます。
コーヒー農園では,若いコーヒーの木を見学しました。
赤く色づくと収穫できるそうで,この時は1本の枝に1粒しか赤く色づいているものがありませんでした。
赤い豆を割ってみると,中に種が入っていて,これがコーヒー豆といわれるものだそうです。
赤い果肉をかじると何とも酸っぱい味がしました。
コーヒー豆を路地で栽培している光景が珍しく,樹を隅々まで観察できたのがとてもおもしろく,
またコーヒー独特の良い香りは,ローストしないと全く表れてこないことも知らなかったので,とても新鮮で興味深い見学となりました。
赤い豆を割った様子
<エビ養殖 >
マレーシアの主要なエビ養殖の現場も見学しました。
マレーシアはインドネシアに続く主要なエビの輸出国であり,生産の多くを日本に輸出しています。
日本ではよく食べられるバナメイエビです。生け簀は山の中にあり,
土を掘って穴を造り,50㎤程度がひとつの生け簀となっていました。
ひとつの生け簀には何十万ものエビが育っており,
数が多すぎて酸欠になるため,常に酸素バブルを供給していました。
ここまで密に育てると,病気が蔓延する可能性が非常に高く,
そのためたくさんの抗生物質や薬を生け簀に投与し,生産量の安定を図っているそうです。
エサに混ぜる薬の量を見せてもらいましたが,半分以上は薬でした。
この薬によるコントロールで生産量が維持できていることがわかりました。
また,私は大学の授業でアジア地域のエビ生産を学んでおり,
その中で教授が病気の蔓延で生産量が激減してしまったことや,
生産の過密さを指摘していて座学と現地でのフィールドワークで状況が一致していることを実感できたもの嬉しかったです。
それと同時に,やはり日本人が世界で一番エビを消費する国であり,その多くを輸入に頼っている現状を目の当たりにしました。
エビ養殖の様子
<猪問題>
マレーシアはその国土のほとんどが熱帯雨林です。
日本と同様に,イノシシ問題に悩まされている地域もあるらしく,農地には防御用の柵がなされていました。
また檻の仕掛けによりイノシシを捕獲し,その場で調理する屋台も山の中に設置されていて,
新鮮なままの獅子肉を堪能することができました。
日本では獣害対策として,食用として地域振興と連動した獅子肉販売があげられますが,
もし捕ったイノシシをその場で調理してくれるレストランが山中にあれば,
山村の農業経営の一助となり,観光スポットにもなるのではないかと考えました。
山で飼っている七面鳥を猪から守るための柵
<ワニ養殖生け簀>
マレーシアでは肉や皮を使うために数頭のワニを養殖しています。
私が見学したワニ園では一つの生け簀に15頭入っていました。
アリゲーターではなくクロコダイルの系統でした。アリゲーターとクロコダイルの違いは,おなかを地面につけて歩くのがアリゲーターで,おなかをつけずに歩くのはクロコダイルです。園主曰く,クロコダイルの飼育・繁殖は容易なので,副業で行っている人も多いそうです。
この園主も,プランテーションによるヤシ農園を経営する傍らでワニ養殖を行っていました。
ワニの肉や血・骨など過食部分の主な輸出先は中国で,皮はいろいろな国に輸出されます。
養殖されているワニたちは水辺で遊んだり,並んで日向ぼっこしたり平和な風景でした。
普段はとてもおとなしく,優雅に見えますが,歩くスピードはとても速いことに驚きました。
ワニの血液はとても殺菌作用が強く,好んで飲まれるらしいという現地ならではの話題も興味深かったです。
【OISCA (オイスカ)研修】
公益財団法人オイスカ(以下,オイスカ)は,1969年にオイスカ・インターナショナルの基本理念を具体的な活動によって推進する機関として生まれ,主にアジア・太平洋地域で農村開発や環境保全活動を展開しています。特に人材育成に力を入れ,各国の青年が地域のリーダーとなれるよう研修を行っています。オイスカの研修を修了した各国の青年は,それぞれの国で農村開発に取り組んでいます。国内では,農林業体験やセミナー開催などを通しての啓発活動や,植林および森林整備による環境保全活動を展開しています。
私が訪問したときには日本で研修を終えたマレーシアの農業人が,熱心にマレーシア人,インドネシア人を指導していました。私もアブラナ科野菜栽培での管理作業(雑草の草刈り)を手伝わせてもらいました。この時期は4名がOISKAを通して研修で日本に渡っていたので,この研修施設には日本人のスタッフが一人もおらず,日本での研修を終えた人材がすべての後身の指導を行っているという状況でした。
研修2日目は,農園施設内の加工用工場に入り,小麦の加工作業を手伝わせてもらいました。農園の小麦を使ったクッキーも頂きましたが素朴な風味で非常においしかったです。
アブラナ科野菜栽培での管理作業の様子
【まとめ】
4週間のホームステイを通した今回の研修では,ホストファミリーだけでなく,各地の訪問先で現地のさまざまな民族の学生や現地の農業に携わる人々とも交流することができました。また農業の現状を学ぶなかで,とても衝撃的だったことが,マレーシアでは中国系マレー人(華僑)が,シンガポールでは華僑の中国系の人々が,ほとんどの富を独占しているように見受けられることでした。研修では学校も訪問しましたが,都市部では学校も人種によって分けられていて,雇用主側・管理職側は中国系マレー人,被雇用者や肉体労働系の労働者は原住民の人々やインドネシア人でした。そもそも人種によって住んでいる地域や住む家の作りが全然違っていました。これまでの歴史が複雑に絡み合って今の多民族国家を形成しているのだということを改めて実感するとともに,研修期間中も歴史の勉強により積極的になりました。今回の研修では中国系マレー人側からマレーシアを体験したのですが,今度は原民族系マレー人とも交流を深めていきたいと感じました。
また,日本語が分かる現地人が期間中一人もおらず,また日本から参加した留学生も私以外は17歳前後と若かったので,自然と年上の私が現地の方と日本人留学生との通訳として動くこととなり,英語コミュニケーション能力の向上にはとても効果的な研修となりました。
私にとって,この研修のメインの目標は農業の視野を広げることでした。帰国から約3年たちますが,あの時に気づき,そして知ることができた課題を現在の自分の専攻分野の視点からアプローチし,これからの研究に活かしていきたいと改めて感じています。